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縁起と諸堂

司馬温公の瓶割り

 寺町通りからその山門を見上げれば、写真の彫刻が私たちを迎えてくれる。中国北宋時代の「司馬温公の瓶割」を題材としたもので、日光東照宮の陽明門にある「唐子遊び」と呼ばれる二十作品の内、正面中央に置かれているものが有名であるが、その他全国各地の祭りの山車彫刻や絵画・陶器の図柄としても取り上げられている人命尊重を謳った故事である。
 司馬温公は敬称で本名は司馬光といい、儒学に長けた北宋の政治家であった。瓶割の故事は司馬光が七歳の時の逸話で、友達と遊んでいる時に、その一人が飲み水を貯めていた大きな水瓶に落ち、溺れそうになっているのを見て咄嗟に水瓶を割ってその子供を救い出したというもので、将に子供が割れた水瓶から流れ出るところが描かれている。それを知った司馬光の父親は大切な水と水瓶を失ったが怒ることもせず、友達の命を救った司馬光を褒めたという。人の命が何物にも換えがたく、いかに大切であるかを説いているのだが、家康や家光が日光東照宮の陽明門に沢山の子供達が無邪気に遊ぶ姿を彫刻で残したその意図は何だったのだろうかと考えてみた。恐らく天下取りの戦いに疲れ、太平の時代が来ることを夢見て、その願いを無心に遊ぶ子供達に託したのだろう。
 歴史に名を残す勇猛果敢な戦国武将の心の奥底にもそんな優しい心根があったとしたら、主君の命ずるままに戦いで命を落とした従者や、巻き添えにされ犠牲となった民衆の数知れない命も救われるのかもしれない。それにしても命の代償は大きく、戦いの歴史は悲し過ぎる。その悲惨な歴史から人命の尊さを学ぶこともせず今も繰り返される殺戮に、人類は進歩しているのかと考え込んでしまう。
 「生きとし生けるもの」の命を尊ぶ精神が欠如しているかのような昨今の悲惨なニュース報道を聞いていると、この彫刻に込められた願いは、時代を超えて今の私達が耳を傾けるべきものだろう。この山門をくぐって月蔵寺を訪れる人は、この教えを心に留めて、次の世を担う子供達に伝えて欲しいと思う。