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縁起と諸堂

妙見堂

 本堂の南側には威容を誇る妙見堂(北辰殿)があり、第二十世沾雨院日龍の代、安永八年(1779)に創建され、その後文化三年(1806)に廣岡為次を建立主として拡張再建し、第二十九世瑞鳳院日輝の代、弘化三年(1846)にも再築されている。安永五年(1776)の本堂改修、同八年の妙見堂創建に関連して建立された妙見堂表門には「北辰殿」の扁額がある。堺市教育委員会の『堺市歴史的建造物報告書』によれば、親柱と控柱の間に切妻屋根を設けた高麗門で、小規模ながら江戸後期の遺構として貴重であると報告されている。
 尚、妙見堂の参道には文化七年(1810)、第二十四世広泉院日明の代に篤信者の寄附を得て建立した石造りの鳥居があったが、老朽化が進み地震等による崩落の危険があったので、墓参や境内を散策する人達の安全を考えて平成二十一年(2009)五月に止む無く撤去した。鳥居には聖と俗を分ける意味があり、二百年以上も結界の役目を果たしてきた鳥居が無くなり写真の記録だけになったのは残念だが、丸柱の基礎の跡をそのまま残し、奉納者名が刻まれた部分も宇賀徳社の前に安置した。

日明の代、文化六年(1809)には開山の第二百五十遠忌が奉修されており、鳥居脇に井戸が開鑿されて文化八年(1811)には井戸屋形も建造され、第二十七世宣弘院日運の代、天保三年(1832)には拝殿前の狛犬と香炉が設置された。泉州各地には妙見大菩薩を祀った寺がいくつかあるが、月蔵寺の妙見大菩薩は「北の妙見さん」として昔から親しまれ、今でも門前を通る人が手を合わせて行く姿が見られる。