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大風水害惨死者供養塔

同じ一角に「大風水害惨死者供養塔」がある。昭和九年(1934)九月二十一日午前五時に室戸岬に上陸した室戸台風は徳島を経て神戸に再上陸し本州を横断して日本海に抜けたが、室戸岬上陸時の中心気圧が911.6mbarで、最大風速は風速計が秒速60mを示した時点で壊れた(一説には84.5m/s)という観測史上最も強い台風であるとされている。
九月十五日にフィリピン沖で発生した台風は九月二十日には日本沿岸に接近し、その日は大阪も朝から熱風が吹き荒れ、午前十一時の大阪の気温が32.3℃に達したと云う。
気象庁は前日から警報を発令していたが、当時は庶民の防災意識がまだ低く休校措置もとられていなかった為に、また二十一日が運悪く教科書販売日と重なったこともあって児童の多くが朝早くから強風の中を登校した。午前八時過ぎ、台風は神戸と大阪の間に再上陸して、児童達と迎えに来た保護者が強風を避けて避難していた校舎を倒壊させ、多くの子供達が犠牲となった。当時の校舎は明治時代に建造された木造で、堺では小学校七校が倒壊し、錦小学校では児童三十九名が犠牲となった。また三宝地域では大和川の堤防が決壊して高潮が襲い、児童の犠牲は五十五名に上った。全国で三千人を越えた死者・不明者の供養に各地で慰霊塔が建立されたが、この供養塔は荒木家一門が昭和十年(1935)に犠牲者の慰霊を志して建立したものである。