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寺宝釈迦涅槃図

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涅槃図に描かれた生類と猫にまつわる話

 涅槃図には獅子や象を始めとする印度由来の動物以外に、想像上の龍などを含めて多くの生類が描かれている。中に、普段は弱肉強食の関係にあるものまで釈尊の入滅を悼んで一様に集まっているのは、一木一草に至るまで命あるものと考える佛教の教理をよく表わしている。
 生類の数は古い涅槃図ほど少なく、後世になるほど多くなり、中には五十を越えるものがある。近世の画家や絵師達が象や駱駝といった外国産の動物を想像して描き、鳥獣や昆虫、更に海の生物に至るまでを下辺部に加えて、この世に生を受けた生類全ての悲しみを表現しようとしたのかもしれない。

涅槃図に描かれた生類 涅槃図に描かれた生類 涅槃図に描かれた生類 涅槃図に描かれた生類
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 十二支の順位については「悲報を聞いた牛が駆けつける途中で色々な動物に知らせたが、最初に聞いた鼠が牛に乗り、その耳元で日頃仲の悪い猫には知らせないように言った。鼠は最初に着いた牛の肩から飛び降りて一番になり、子・丑・寅・・・の順になった。また猫は遅れてしまった為に十二支の中に入れず『顔を洗って出直して来い』と云われ今でも前足で顔を洗っている。」という落語の落ちのような話も実しやかに伝わっている。
 江戸時代に次々と刊行された釈尊の伝記によって前述の薬袋説が広まり、「この袋を取りに行こうとした鼠を猫が邪魔をした為に釈尊は薬を飲めなかった」という話が生まれ、それが原因で猫は涅槃図に描かれないという俗説が生れたようである。
 また五来重著『葬と供養』によれば、日本民族が伝承してきた葬送儀礼の一つに「死者が出るとその家の飼い猫を遠ざけて遺体の胸に刃物を置き、魂が移るのを防いだ」というものがあり、猫に魂が移る(又は魂が猫になる)と信じられてきたことから、猫だけが悪者にされてきたのであろう。
一方、中国伝来の涅槃図には猫が描かれていた筈だが、「ある有名な画家が涅槃図を描きながら釈尊の唇の色を探している時に、彼の飼い猫が紅色をくわえて絵師の所に来たのでその猫も描き入れ、それ以後の涅槃図には必ず猫が描かれるようになった」という伝説もあり、猫にまつわる話は多い。
 葬送儀礼に関しては、「末期の水」は阿難が釈尊の仰せで跋提河(バッダイガ)の水を汲み、釈尊に差し上げたことが起源とされ、「北枕」も釈尊が入滅される時に、頭を北に顔を西(頭北面西)にされたことから儀礼として伝承されてきたようだが、涅槃図が信仰対象として庶民にまで広く浸透していたことを物語っている。